屍生漢
作:キタイハズレ
命は醜い。
食事と排泄という機能を排除することはできず、それゆえに生臭い。また、どんな美男美女であろうと老いによって醜くなり、どんな賢者であろうと老いによって愚かになる。病に対する耐性も低くなり、傷の治りも若い頃と比べて遅い。腰は曲がり、歯は抜け、筋肉は落ちていく。
心は醜い。
どれほど道徳や倫理で縛っても欲望を完璧に抑え込むことなどできやしない。驕り怒り怠け妬むのが人間という生き物だ。感情などというものがあるから惑わされ、意識などというものがあるから苦しむ。自我を消し去ることは誰にもできないのだから、
だから死体こそが最も美しい生き物の形だ。
正しい手順で処理すれば死体は劣化しない。その知性がどれほど下劣であろうと死体はなにも語らない。死んで初めて生き物は永遠を体現する。
下等な生き物を高尚な作品に作り変えるのが私の使命だ。言い換えれば私の芸術は天に命じられて作り出された傑作であり、私の殺人は罪にはならない。
殺人のための殺人ではない。
芸術のための殺人だ。
そして私の芸術は人間のための芸術ではなく、神のための芸術である。神に対する捧げものとして選ばれたのだから私に殺された者は私と神に感謝するべきだ。
私が初めに殺したのは自分の父親だった。
父親は猟師であり肉屋であり、仕事柄その体は常に血生臭かった。私の生き物を解体する技術も家業を手伝っていたときに身につけたものだった。学校に通ったことがない父親は教養も品性も持ち合わせておらず、蛙や鶏など動物の死体で作った私の芸術を気味悪がっていた。それどころか、神の啓示を受けて芸術を生み出す私を気狂いと蔑んでいた。日銭のほとんどを酒に費やし、酔いながら神に対して冒涜的な言葉を何度も口にしていた。少なくとも模範的な市民とは程遠かった。天の国に入ることができるような善人ではなく、死ねばほぼ間違いなく地獄に落とされていただろう。
あるとき、神の啓示を受けた私は酔い潰れて眠っていた父親の手足を事前に縛っておいた上で使い慣れたナイフで喉笛を切り裂いた。当然ながら父親は痛みで飛び起きて悲鳴を上げようとしたが、喉笛が切られていたせいで叫び声を上げることはできず、私はそのまま腹を肉切り包丁で切りつけた。初めての殺人ということで慣れないことも多く、大量の返り血を浴びてしまった。
しかし初めての殺人だったというのに私は罪悪感を持たなかった。それどころか、爽快感さえ覚えた。私は父親のことを嫌っていたがそれだけでは説明がつかないほどの晴れやかな気分にひたっていた。
これはしるしなのだと直感的に理解した。
私は芸術のために殺人をいとわない芸術家であり、殺すことで人を生まれ変わらせる救世主であることを証明しているのだと。
もはや私には罪の意識はなかった。むしろ私の手で殺されることによって人間は永遠の存在として救われるとさえ思っていた。
それからの私は毎日人を殺した。真昼間は街の外で野宿し、太陽が沈んで夜になると他人の家に入り込む。夜のうちに作品をしあげ、神の家である教会の前に飾っておく。同じ街では一度しか作品を作らず、殺人を犯せばまた次の街へと渡り歩く。流れの猟師だといえば疑う者はいなかった。
男を殺した。
女を殺した。
老人を殺した。
子供を殺した。
金持ちを殺した。
貧乏人を殺した。
死ぬ前にどんな人間であったかは関係なく、全て等しく芸術に変えてやった。
聖者を殺したこともある。
その聖者は数千人の弟子を持ち、その教えは万人を救うとたたえられていた。私の噂を聞いて恐怖を覚えるどころか憐憫によってわざわざ私に会おうとしてきた。もっとも、私からすればどれほど徳が高かろうと肉の体を持つ以上は常人とさして変わらなかったが。
『生まれながらの悪であり罪を犯さずには生きていけない者よ。お前は自分の罪を知ることさえできずに地獄に落ちるだろう』
『なぜ私が地獄へ行くのか。私は醜く滅びゆく命を美しく作り変えているだけだ。苦しみながら生きるよりも美しく死ぬ方が幸福に決まっている』
『醜いとは誰が決めた。美しいとは誰が決めた』
『私だ。私は神の啓示を受けて人を美しいものに生まれ変わらせている』
『ではなぜ街を転々とする。もしお前が神に命じられて人を殺すならば神はそれをお守りになるのだろう。街から街へと移動しているのはお前が罪の意識を持っているからではないのか』
『私は罪から逃げているのではなく、無知蒙昧な人から逃げているのだ』
『なぜ人々から逃げているのか。私もまたお前の言う無知蒙昧な人に教えを説き、何度も迫害を受けた。お前の殺人が本当に神の意志ならば衆生こそを感化すべきではないのか。お前は自らの業から目を背けているに過ぎない』
私は聖者が次の言葉を紡ぐ前に殺した。無性に腹が立ったからだ。しかしいつもならもともとの体の形がわからないように全く別の姿に作り変えるのに、なぜだか聖者を別の形にすることはためらわれた。だから私は聖者の傷を糸で縫い合わせ、土気色になっていく肌を化粧で塗り潰し、大樹のそばに座らせた。
それは奇妙な感覚だった。どことなく負けたような気がしたのだ。
あるとき、紛争地帯に放置されていた死体を組み合わせて最高傑作を作ろうとした。それは手足が欠けた死体を剣や矢でつなぎ合わせて戦争の悲惨さを表現しようとしたものだったのだが、今までのものよりも大きく、また銃身が不安定だったため、重さを調整するために少しばかり肉が足りなかった。
そこで再び紛争地帯に赴いて最高傑作にふさわしい死肉を探した。しかし背後から近づいてきた兵士に剣で刺し貫かれた。どうやら興奮で錯乱しているようで、私が民間人であることもわからず、半狂乱で私の体を何度も刺した。
意識が朦朧となりながらあのときの聖者の言葉が脳裏に浮かんだ。
『お前は自らの業から目を背けているに過ぎない』
しかしその言葉が差す意味は理解できない。喉に突き刺さった小骨のように痛みにも似た違和感を私に与えている。
業?
業とはなにか。
数え切れないほど殺したこと?
死体を作り変えたこと?
わからない。
わからない。
わからない。
ああ、そういえば最高傑作は完成していなかったな。
それだけが、心残りだなあ。
完成には100グラム足りなかった。
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