お守りの影
作:水煙
ぬるい風が体を吹き抜ける。
椨の木は珍しくない常緑樹だが、僕の友人のタブノキはひとりしかない。旅行が好きで、よくひとりで日本全国を歩き回っていた。どこへ行くと教えてくれることもあったし、誰にも何も言わずにふっと姿を見せなくなることも多々あった。
これはタブノキが撮影した写真について僕に語り聞かせてきたことを、今さら、頭の片隅に思い出した話にすぎない。何か特別な内容なわけでもなく、単に、タブノキがどこに行って、どういうわけでその写真を撮ったのか、彼が語ったことをそのまま思い出そうとしただけのことだ。
・一枚目(手すりにじっと座る蛙)
十月に、俺は新潟県の林池寺を訪ねた。
空はどんよりと曇って肌寒い。車を停めて山門に向かうと先客がいて、テレビ局のロケのようだった。おじさんが肩にカメラを担いで、女性がマイクを持ってその前に立っている。カメラの死角にあと二人くらいスタッフがいた。みんなモノクロ画面から出てきたような服だったけど、ただ女性だけは悪目立ちする色彩の服装をしていた。物珍しさに遠巻きにその一団を眺めていた。向こうはこんな野次馬は慣れっこなんだろうから、気を配るそぶりを見せずにカメラを回し続けていた。
一団が山門の向こうに消えて境内の施設に、たぶん寺務所に入ったのを遠目で見て俺もようやく山門をくぐった。石畳は直角に曲がりながら本堂へと伸びている。途中に池を越える身近な橋が架けられていて、渡った先の石段を上ると本堂が建っていた。
本堂からは境内を一望できた。すると寺務所からあの一団が出てきた。こちらを目指しているようだった。邪魔になるかと思って本堂を離れて石段を下りた。
どうして俺がこういう風に気を遣わなければならないんだろうかと思った。別に気を遣うように頼まれたわけではないし、向こうも観光客が映りこんでしまうくらい考えないことはないはず。だから、単に俺の小心がそういう動きをさせたのだ。ああいうのはよくわからない集団だ。どんな倫理で動いているかわからない。
石段を下りて橋を渡った先の池の手すりにもたれた。水面は蓮の葉に覆われてぽつぽつと花が開いている。飴細工のようだった。齧れば砕けて重たい甘みが口の中に広がるのだろうと、そんな想像をした。写真の蛙はそんな蓮華畑から離れた、池の端切れに立つ石塔前の柵に、じっと座っていた。
好きなんだよな、蛙。肉付きがさ、肉感があっていいだろう。人間みたいじゃないか、特に腕や腹、なんていい肉付きだろう。如意輪観音像って知ってるか。大阪のどこかの寺の秘仏だって言うんだけど。あれに似てる。罰当たりかな。
それに表情がたまらなくいい。口元をきゅっと引き締めて、笑うでもなく怒るでもなく、目は常に外を見据えているように見えるだろう。どうかな、伝わるかな。蛙を前にすると頭でぐちゃぐちゃ考えていても、それをじっと待ってくれる、そんな安心感がある。非人間的な安心感だよ。蛙は人の世には関わりない、声も発しない、思考も伝わらない。
それがいいんだよ。どう、わからないか。まあいいよ。
行く先々で蛙を撮るんだ。もちろん置物でもマスコットでもいいけど、そういうのならなるべく生物的に忠実なものがいい。キャラクター化されたのはだめだ。人間味が出るから。
人間じゃない物が好きだ。でも犬猫みたいに人が慣らしきってしまったものはだめ。無関係でいたい。俺と、それと。だから蛙はちょうどいい。人っぽい。でも、人じゃない。
よくわからない人のほうが恐ろしい。言語が通じるから分かり合えるなんて、思わないほうが賢明だろ。そして、こんなことを考えていても黙ってそこにじっとしている。そんな蛙が好きだ。
この写真送っておくよ。は? いいじゃん。ほら、送ったから。
・二枚目(嵐に洗われた猪の白骨死骸)
香川県の豊島に行ってきた。アートの島だっていうからちょっと足を延ばしたんだ。三月だし、俺と同じような若めの人がぽつぽついたよ。
宇野港から高速船に乗った。なんだか天気が悪いなと思っていたけれど、民宿に着く頃にはもう結構降ってきて、一晩中外は荒れてた。翌日にはなんとか持ち直したけど一日中曇り空だった。
はじめの目的は豊島美術館だったけれど、美術館に向かっているうちに海のほうが気になった。海には縁のない生活をしてきたから、それに、瀬戸内の海をもっと間近で見たかった。
島の端の端に砂浜を見つけた。途中、石段を上るおじいさんの背中を見た。その先は神社みたいだった。幹線道を離れれば車なんてめったにいない。それだけで静かだ。きっと、この静かな島で長いこと生きてきた人なんだろうな。神社の麓にはひとつまみの土地に田んぼが拓かれていて、たぶん、おじいさんはずっとこの田んぼと向き合って生活してきた。けどその一生続くはずだった静けさに観光が割って入ってきた。俺もその一人だ。後ろめたかった。なるべく足音を立てないようにひっそりと通り過ぎた。
たしか王子海岸、だったか……そうそれ、王子ヶ浜。浜は夜の嵐でいろんなものが打ち上げられて、たとえばそう、海藻が浜に帯になってまっすぐずっと続いているんだ。ずっと切れ端まで。紅や若葉の明るい彩りがそこまで波で押し上げられたんだってわかったし、そうやって生まれた光景なんだと思うと、アートを見るときなんかよりもよほど胸にしみた。
こいつはね、山の岸壁がかなり迫って浜が途切れかけた場所に横たわっていたんだ。はじめはぎょっとした。なにかわからなかった。俺がそれまで見た何にも似ていなくて、本当に、人生の初めてを発見したんだ。気持ち悪いなんて言うなよ。
猪だろうと思うよ。四足で、この大きさで、この毛皮。牙も見える。崖の上から足を滑らせたのかと思ってるけど本当のところはわからない。俺の目の前にあったのは、骨と皮になった猪だけだったから。
死んでからは大分経っているよ。三月だからすぐに腐るなんてことはないだろうし、ゆっくりゆっくり腐敗していって、獣や烏なんかに啄まれたりして、そうやって少しずつ中身がなくなって、きっと昨夜の高波に全部洗われたんだろうと、想像した。
そうか。生き物は死んだらこういう風になるのか。俺は膝を抱えてしみじみと猪を眺めた。檀林皇后の九相図を拝観したことがあったけど、あれは途中で鳥獣に食い散らかされて死体はばらばらになってしまう。この猪は海の嵐にすら耐えた。何という頑丈さだろう。死してなお、況や生きていれば。頑丈に生きるってのは難しいだろうな。俺はいつも思う。頑丈に生きられればって。
その浜には心音をアーカイブできる美術館があった。他人の心音を聞いたり、自分の心音を採取して記録できる、不思議な美術館だ。心臓の音。そんなものを残して何になるんだろう。他人の心音を聞くのは興味深かった。そんな機会はめったにない。一人一人音が違うんだ。リズム。大きさ。強弱。似ているけれど全部違う。俺も試しに録音してもらった。心臓の音と言えばこんなものだろうっていう、平凡な心拍音だった。消したくなったけれど、それはできないようだった。
一番奥の部屋で、今まで採取した心音をまとめて再生していた。人数は絞っているだろうけれどね。驚いた。すごい騒音だ。多様な音が、各々の調和なんて考えずに響き続けている。これはうるさい。それに恐ろしい。反響が終わらない。人が集まれば集まるほどこの音は大きくなるんだろう。
俺はこの猪のほうがよほど島に合っていると思った。静かだ。静かな島の静かな猪だ。田んぼと生きるあのおじいさんも、こんな美術館よりも猪のほうがいいはずだ。
ん、もちろん、アーカイブだから。名前付いてるよ、俺の名前。本名。嘘ついてどうするんだよ。猪の送っておくよ。消すんじゃねえぞ。
・三枚目(暗闇の夜空)
これ? ああ、これ。星を撮ろうと思ったんだ。半島の港町に泊まりに行ったことがあって、夜中ふらふら散歩していたんだ。ここじゃ考えられないくらい暗いんだよ、だから星空が圧巻だった。さあ、いつだったかな。
夜の海は怖い。何も見えない。波の打ち寄せる音だけが聞こえて、どこから海か、どこまで浜か、わからない。境目がない。気がつけば足が濡れていた。半分踏み込んでしまったんだ。目の前には何も見えなかった。星空だけが輝いていた。
ほら、ここ、ひとつ写ってる。
圧巻の星空もいいけど、俺はこの一つだけで十分だ。ひとつ光があれば十分だ。暗い海も灯台があれば進んでいけるだろう?
いるか?
さあ、どうだろう。気に入った写真はいくつもあるよ。でもこれは別枠っていうか、お守りみたいなものかな。
*****
ぬるい風が体を吹き抜けていった。
四枚目の写真については僕から語っておこう。なぜならタブノキはこの写真について一言しか語らなかったからだ。ただ僕に送ってきた。
タブノキほどよくわからない友人はいなかった。いつでも飄々として掴み所がなく、ともすれば軽薄と見えなくもなかった。けれど不誠実さがあるわけでもなく、そして旅行先の話をするときだけは目を輝かせて色んなことを教えてくれた。
そういう話の中のタブノキは僕の知る彼であったり、僕の知らない、誰も知らない人物であったり、それもまた彼の一面であるのかという納得を密かに抱いてきた。人はわからないと繰り返すタブノキもまた、他者にはわかりきることのできない人であるということ。そのことにタブノキは気づいていないのだ。
東京都下の狭隘なアパートの二〇七号室で、騒々しい居酒屋の片隅で、キャンパスの影に隠れたベンチで、タブノキは僕に語り聞かせた。彼の写真には風景や動植物や無生物がよく写った。人が写りこむ写真はまずなかった。自分自身の写真だって一枚も撮らなかった。
三年前、僕らは大学を卒業した。
僕らはそれぞれの地元に戻った。そうして意外なほどあっさりと交流を断った。一足先に帰郷する彼を見送ったとき、じゃあ、と互いに手を上げもしなかった別れ以来、三年、一度として連絡を取ったことはない。
それは当然と言えば当然だった。タブノキと僕はそういう距離感にいたのだ。近いか遠いかで言えば、近い。けれど、タブノキと僕の間には底の知れないほどの溝がある。あるときはその溝に橋を架け、ふたをした。あるときはふたを外し、橋を壊した。それでよかった。僕らにとってそれが友好の証だった。
そのタブノキから突然、消息が入った。先週の金曜日のことだ。K駅にいる、とだけ。終業後に携帯を確認して気づいた。送信は三十分ほど前だった。すぐに返信して駅へと車を走らせた。
車を駐車場に入れてタブノキを探した。改札前にいるとタブノキは連絡を寄こしてきていた。一地方の駅に改札はいくつもない。タブノキはすぐに見つけられた。壁際のベンチに腰掛け、足の間には小さなスーツケースを挟み、手元の携帯の画面に熱心に視線を注いでいた。
タブノキ、と僕は近づきながら声をかけた。タブノキ、という発音がうまく声にならない。三年ぶりに名前を呼んだ。声にならない。
聞こえなかっただろうともう一度呼ぼうとした。しかし、タブノキはそれより早く顔を上げた。構内の照明に照らされた顔に深い陰影が刻まれていた。僕は、咄嗟に喉元までこみあげた「どうした」を、生唾と共に飲み込んだ。
久しぶりだな、と辛うじて声をかけた。
タブノキはそれに手を挙げて応じ、上着のポケットから何かを取り出した。ぺらぺらとめくるそれは単語カードだった。
タブノキが指さしたカードには「私は旅行に来ました」とタブノキの字で書かれている。僕はタブノキの顔を向いた。彼は気まずそうにおずおずと笑顔を見せて、すぐに伏せてしまった。そうか、よく来たな、としか言えなかった。
タブノキは街中の安ホテルを押さえてあるらしく、どこに行きたいか、なにをしたいか、もう決めてあった。僕はそれについて回った。タブノキのことに口を出すことはなかったし、タブノキも特段それを望んでいるわけではないようだった。タブノキは慣れた仕草で単語カードを繰って周囲と意思疎通を図った。よほど複雑な内容を発しようとしなければ、それは十分に叶えられた。
僕はとりあえず、今の生活をぽつぽつと話した。おもしろ味のある生活とは言い難い日々だけれど、タブノキは満足そうにうなずいていた。ただ、狭隘なアパートの一室で、騒々しい居酒屋の片隅で、キャンパスの影に隠れたベンチで語り聞かせてくれたような話は一つとしてなかった。
タブノキは結局、月曜日の夜に発った。僕は仕事の帰りにそのまま駅へと向かい、入場券を買ってホームまでついて行った。
列車がホームに滑り込み、タブノキがそれに乗り込む。僕はその姿を追ってホームを歩いた。タブノキは窓際の席に座った。僕はその窓をノックした。
発車のベルが鳴る。手を振った。どちらからともなく手を振った。別れの挨拶だった。お互いに手を振っていた。
列車はぬるい風と押しのけながら入線し、ぬるい風を巻き起こしながら出て行った。僕はホームのベンチに腰かけて列車のテールライトを目で追った。あっという間にカーブを抜けて見えなくなった。
携帯を見ると通知があった。タブノキから写真が送られたのだ。夜の赤信号の交差点を写しているだけの写真。一目で昨日歩いた場所だとわかった。坂道を上った先に砂粒ほどの僕が写っている。拡大しても見えるか見えないかほど小さく。かすかに。それでも確かに。
「じゃあな」
一言添えられた言葉が、確かにタブノキの声で聞こえた。
うん、と僕はうなずいた。
たぶん僕は、これからもタブノキに連絡をとることはないだろう。きっとそのほうがいいのだ。
・四枚目(真夜中の赤信号交差点)
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