さよならの哀歌は君だけに
作:香羅伽 梢
寒さも本番を迎えるころ、クリスマスにしてはまだ気が早い時期に、最寄り駅周辺のイルミネーションはやってくる。しかしそれは決して、シーズンのムードを盛り上げてくれる効果があるものではない。
何というか、都心はシャンパンゴールド一色で固めているというのに、そういった勇気がないというか、色を豊かにするほど豪華になると思い込んでいるというか、うんいいや、はっきり言って――本当にマジでダサいのだ。
色とりどりの蛍光色をふんだんに使い、目についた木すべてに手あたり次第電飾を巻き付けたような有様は、まるで子供の落書きのような色遣いと構図だった。しかし、実際に電飾が巻き付けられているのは、これでも本来輝くエリアの三分の一ほどだった。業者に依頼せず、駅近くのデパートの管理者が自前でやっているせいか、ここのイルミネーションは一日では設置が終わらない。それこそダサくなる原因に他ならないのだが、そんなことは管理者は知る由もなく、今年ものんびり着実に余計な色を添えていくのだった。
それはこの周辺に住む誰もが思うことであり、ある意味この写真そのものが地名を表すハッシュタグのようなものなのかもしれない。撮った写真をTwitterにあげてみると、そこを集合地点とするように次々と返信がやってきた。
『風物詩だよ、いいじゃん』
早速のリプライだと思ったら、案の定水野からだった。
『ちな、3年前な』
それにつられてか、数分後には光里からの返信が写真と共に連なる。
それは、ほぼ同じ場所で撮られたであろう3年前の比較写真だった。これまた最高にけばけばしい電飾が、今以上に無作法にちりばめられている。
『マシになったんじゃない?』
『今マシなのがこれからダサくなってくんだよ』
『それ』
他愛ないやり取りがこんなにすんなり出来るとは、予想以上の成果だった。そのせいか、余計に期待してしまう自分がいた。
思わず自分のツイートを、開けては閉めてまた開けてを繰り返す。しかし、更新される返信は二人のID以外見当たらなかった。
『懐かしいな。我らの集合兼解散場所だもんな。また集まるか』
いつだって、行動を起こしてくれるのは水野だった。中学生の時から大抵そうだった。水野と光里は生物部だったから、飼育している動物たちの餌やりと掃除が終われば、他の部活よりも早く帰れた。ソフトボール部だった私の練習が終わるころ、今日はミスドにいるだとか、教室で宿題片してるから来ないかだとか、水野はほぼ毎日近況報告をしては誘ってくれた。
「栗田、部活終わったから暇だろ?」
それが私を誘う水野の定型文だった。誘って当然来て当然。強引なようだが、それくらい一緒にいることを当たり前に思ってくれることは、ちょっと有難かった。
土日は部活も休みなことが多く、二人と遊ぶことがほとんどだった。集合場所はいつだってこの最寄り駅。平日は私が忙しいせいで土日の打ち合わせなんて全くできないため、取り敢えずここに集まってからその日の予定を決めていた。ファミレスに入り浸るだけで帰る日もあれば、一番近い光里の家に雪崩れ込むこともあった。気力があったらそのまま電車に乗って、都心で遊んだ。近くの図書館に直行し、各々読んだり調べたりする日もあり、そうなると一旦集まった意味はほぼないようなものだったが、それでも何となくこの駅がスタート地点だった。
『二人とも実家出てるんだっけ?集まらなくても近いうちに電話しよ』
光里も確か、最近引っ越したはずだった。大学が少し実家から遠いため、一人暮らしになったと前に聞いた。
『俺は学生寮。通話ならもう今日しようぜ』
水野のフットワークの軽さは相変わらずなようだった。
高校の時まではよくつるんでいたが、それも段々と疎かになり、大学生になりたての頃にはこういったやりとりはほぼなくなっていた。それが三年生になったあたりから、Twitterでの水野や光里からの反応が活発になってきた。成人式で久々に会ったからかもしれない。何なら、高校の頃の友達よりも最近はこっちの方がよくつるむ。
だからこそ、イルミを見るなり写真を撮ってしまったのかもしれない。
『じゃあ今日話そ』
「みんなで」と続けようとして、わざとらしい気がしてやめた。そんなことをしなくても、二人とも気付いているのかもしれない。
息を吐いただけに等しい、薄いため息がもれる。配慮のない色遣いをした電飾たちが、余計それを空しくさせた。
『もう急!音声だけだからいいけどさー。女の子は準備が色々あるんだよー。お風呂入る時間帯とかさー』
光里は不平不満を漏らすと、その音量にはムラがあった。支度やら何やらで部屋を行き来してるのだろう。実際ドタバタする音が背景に入っていた。
『ごめんって。思いついたときにやった方がいいだろ?』
『でた、水野の口癖』
「まだ使ってんだ、そのフレーズ」
『使うも何も、実際そうだと思って言ってるだけ』
マメでフットワークが軽く、こういったグループを適度に仕切る、言わば幹事のようなポジションが似合うのが水野だった。確かにこういった連絡を維持するうえで、とても助かっているのは事実だ。でも、困ったことがあるとすれば、それが大抵突拍子がないことだった。
「今日みたいに急に電話するくらいならいいじゃん」
そう、こんなものは序の口なのだ。
『あー、思い出すだけで散々だったわ。いきなり高尾山とか、スマブラプリンとか』
「体力使う系は特にね」
いきなり高尾山とは、そのままのとおり水野が急に高尾山でも登るかと提案した日のことだ。私が「最近身体動かしてないでしょ、二人とも」と言ったのがいけなかった。
そのまま電車に小一時間揺られ、普通の靴と普通の格好で、散歩でもするかのような運びで普通に山を登った。案外頂上までは1時間半程度で着いたが、隣の陣馬山まで縦走しようとする水野を二人で全力で止めた。
スマブラプリンは、光里の家で起きたちょっとした事件に近い話だ。当時、この中では水野が一番スマブラをやり込んでいた。そのハンデとして、水野はスマブラで私たちを相手にする時には、一番体重が軽くて吹っ飛びやすいプリンでしか戦えないルールを作った。しかし、そうすると流石の水野でも二人相手には勝てない。躍起になった水野は、自分が勝つまでゲームは終わらせないというルールを上乗せしてきたのだ。
場数を重ねていくにつれて、逆に私たちも手加減しては終われない空気になり、そのまま光里の家に泊まることにして、結局水野が一勝をもぎ取った頃には朝の4時になっていた。
『またする?』
『やめて。ホント、駄目だからね』
『お、これは付き合ってくれる感じだな』
ほぼドスをきかせた状態に近い光里のワントーン落とした声にも、水野は怯まない。遠慮を知らないこのやりとりは、中学の時から何も変わっていなかった。
「そういや、他の人たちとか元気?近況とかないかな」
『俺の方には特には』
『あ、板倉さん結婚したってよ。高卒で就職してたみたいだけど、職場で捕まえたんだって』
「へー、以外」
ちらほらとそう言った話を聞く年齢になってきた。思えば成人式のあとの同窓会でも、お腹が大きくなっている女子を見かけなくはなかった。
『栗田の方には?地元にまだいるそっちの方が、情報ありそうだけど』
『誰かに会ったりとかするだろ?』
「……うーん」
一瞬反応が遅れた。まずいと思って相槌を挟んだが、背中にうっすらと汗が浮かぶ感覚が、もう遅いことを自覚させていた。
「特に、無いかな。案外会わないもんだよ」
『そっか』
一瞬、ひやっとした。光里の「そっか」は、納得したよと敢えて相手に念押しさせるような時に使われる。つまり、何に納得したのか察しているように感じた。それは単なる私の思い込みに過ぎないかもだし、実際そうだと思うのだが、それでも過敏なまでに反応してしまうのはあの写真がきっかけでこの通話ができているからだ。
『それよりさ、二人ともそろそろインターンとかあるだろ?あれどうやって申込みするの?』
話題を逸らせた水野にはありがたいと思った。しかし、もし私の事情を察しての上での配慮だったら、それはやりすぎだとも思った。「それより」なんて、見てなかったふりをするというより、わざと首をぐるんと回して見ない方がいいものから無理に視線を外したようなものだ。
とはいえこれ以上は何も訂正できないし、掘り返して尋ねるほどのことでもない。
流れていく会話を後追いするように聞きながら、数時間前に撮ったあのイルミの写真を見返した。少しズームにして、通行人を観察する。いるはずがないと分かっていながら、こんなクソダサい写真から、どうしても目が離せないのだった。
彼と初めて話したのは、土曜の図書館でばったり会った時だった。
「栗田さんも、宿題の本?」
「うん。土井君ってこの周辺に家あるの?」
「うん」
そんな単調なやりとりからだった。その日も、水野と光里と三人で雪崩れ込むように図書館に遊びに来ていた。真夏日だったから、クーラー目当てで避難しに来たのだ。
「これ、同じ本2冊あるから、1冊もらうね」
「え?うん」
貰うも何も私のものではないのに、彼は一言断ってから棚から本を抜き取った。
本棚で同じ本を取ろうとして手と手が、なんてことは何もなく、二つあった同じ本をそれぞれ一つずつ取り、しかも彼は断りまで入れてきたのだ。
「それ、読みやすい?」
「……人によるんじゃない?」
「ですよね」
課題図書の感想文の提出〆切が月曜に控えていた。どちらかというと外で身体を動かす方が好きな私は、本選びでそこが最重要事項だった。
「あー、読みやすいか分かるのって、読んだ後に『うん、読みやすいわこの本』ってなった時じゃん?もうその頃には読み終わっちゃってるわけで……。って考えると、とにかく読んじゃった方が早いんじゃないかなって思ってさ」
自分の返答が冷たかったかと心配したらしく、土井君は補足するようにぽつぽつと喋った。
「なるほど?それもそうだね。最近暑いからさ、もう外居られなくてここに逃げて来たんだけど、どうせ今日ずっといそうだし、自分で探してみようかな」
「あー、暑いよね。早くイルミつかないかなって思う」
「イルミ?」
「うん。冬が近くなるとつくでしょ?駅前の、派手なやつ」
「はあ」
例のイルミネーションが頭に浮かぶ。浮かびはしたが、それが今暑い話とどうつながるのか見えてこなかった。
「暑いなって思うと、寒くなるとつくイルミが恋しくなるんだよ。で、実際イルミがつく頃には寒いのにうんざりしてて、早くイルミ取れないかなって思ってる」
「へえ……」
ようやく繋がりはしたが、あまりにも唐突な雑談に置いてけぼりをくらってしまった。
「……土井君は、未来に身体が行っちゃってるんだね」
「え?」
今度は土井君が面食らった。
「ほら、読みやすいかなって考えて読むんじゃなくて、読みやすかったなって思うだろうと思って読んだり、暑いから半年後に寒くならないかなって思ってたのに、いざ寒くなると半年後の暑い日を思ったりするから……」
自分で言っていて途中でわけが分からなくなり、言葉が尻すぼみに終わってしまった。しかし土井君は、
「うん、なるほど。じゃあこんどイルミがついたら、その時に綺麗だなって思うようにするよ。寒いと思うと未来に行っちゃうなら、めっちゃ着込んどくかな。あ、忘れそうだからTwitterにあげよう。俺のアカウント、これね」
「え?いやそれも未来っちゃ未来の話で……」
しかし私のツッコミは土井君に届くことなく、彼は自分で納得しきってしまったのか、図書館で資料を検索したときにでてくるレシートの裏に書いたアルファベットを私に握らせ、そそくさと貸し出しカウンターに行ってしまった。
「フラグ折ったり建てたり忙しいな」
「というより拾えてないんじゃない?」
「光里、背後にいるなら声かけて。水野はその前に声かけて」
「たまたま見かけただけです。ていうか、土井君も来てたんだね。私服新鮮だわー」
光里は土井君の後姿を見送ると、今度は私の顔をじっくり見た。
「うんうん、でも感性は合ってそうじゃない?」
「男女が隣に並んだだけでくっつけようとするの、よくない文化だよ」
からかいのつもりだったのだろうが、私は一応訂正した。照れくささとかではなく、何となく土井君に悪い気がしたのだ。
「あ、ごめん……」
図書室はあまり声量を出せないため、必然と声のトーンが下がる。そのため、思っている以上に怒っているように光里に聞こえてしまったらしい。
「いや、怒ってない。ごめん、私も変なこと言った」
喧嘩でも何でもない、ちょっと気まずい思い出になってしまった。それだけのワンシーンの話。だけど、普段ずっと一緒にいて仲良くしているからこそ、滅多にないひやっとしたやり取りは目立って残る。やがてそれは「土井君」というキーワードに関連付けて残された、嫌な記憶の一つになった。だから余計、私は土井君と直接会話することは前にも後にもこれだけになった。
一応、土井君のアカウントはフォローしてあった。そして制服のブレザーの下に着るカーディガンが分厚くなってきた頃、あのイルミの写真が本当にアップされた。
投稿文は、「綺麗……とは言えないな。いやはやダサい」。
それは明らかに、私とのあの時の会話を含んだ内容だった。ちょっと迷ったが、迷うこと自体変だと思っていいねをした。私に土井君からのフォローの通知が来たのは、ほんの5分後。
頭の中にチラつくだけで心拍数が上がる気がしたり、何となく相手を目で追ったり、逆に敢えて視界に入れないように頑張ったりするきっかけなんて、中学生ならそんなものだ。これがどういう現象なのかは、名前を付けたら終わりなことも分かっていた。
何より、私は水野と光里とバカみたいにじゃれる毎日の方が大事だった。別に他の人に意識を向けてはいけない鉄の掟なんてない。ただ何となく、土井君の存在そのものが、私たちを一瞬気まずくさせるような気配を持っていた。
それから土井君のつけ始めのイルミの写真は、それから毎年あがるようになった。綺麗かどうか、首をかしげるような一文を添えて。私もいいねを毎年した。それは、普段土井君の存在を三人の中から抹殺している、罪滅ぼしの儀式のようだった。
ところが、去年突然土井君からイルミの写真があがらなかった。そんな時期なはずだなと思ったのはもうクリスマスの前で、その時になって、もう中学を卒業して五年も経ってしまったことを痛感した。
今年も、イルミの写真はあがらないかもしれない。別に困るわけではないが、思い出が風化されてしまう様子を自分だけが見せられているようで、居てもたってもいられなくなった。だから今年は、私がイルミの写真を撮った。もしかしたら去年はたまたま忘れているだけで、今年は撮りにくる予定かもしれない。何なら、自分が写真をあげることで土井君が思い出して、今年からまたイルミを見に来てくれるかもしれないから――。
別に今になって土井君と関係を進展させたいわけでも、あの頃に戻りたいわけでもない。ただできることなら、あの頃の気まずい土井君の存在から、会うことで情報を更新したい気持ちがあった。
未来の私に、彼が追いつくところを見てみたかった。
しかし二人以外に返信のIDは増えない。私は、写真に目を凝らすのをやめると、またTwitterに戻った。ふと、土井君のアカウントをさかのぼってみようと思いつく。もしかしたらもうイルミの写真をあげていて、私が見逃していただけかもしれない。
フォロワーの一覧を見たが、多すぎて彼のアカウントが見当たらない。仕方なく、覚えやすかった彼のIDを検索欄に直打ちした。
「あ、」
何の気もない声が、思わず漏れる。
途端、食道を通る息を多く感じるような、眼球を瞼の上からやんわりと押されたような、そんな感覚が一瞬自分を支配した。ショックを受ける瞬間というのは、ガーンと衝撃がくるようなものではなく、こうやって地味にじわっと身体を駆け巡るようなものなのだ。
土井君の、私へのフォローは消えていた。
さっきちょっと言ったじゃん。それは、わざと首をぐるんと回して、見たくないものから無理に視線を外したアクションに他ならないわけで――。
『栗田―、どうしたの?』
「ん、いやなんでもない」
少なくとも、二人の前では些細な話だった。私はすぐさま気を取り直し、通話の中に戻っていった。
今日のイルミは作りかけだったから、明日も写真をあげようと思ってたけどやめた。
私の、恋とも呼べないような中学の思い出のひとつは、そうして完全に手の中で消えたのだ。
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