命の味
作:キタイハズレ
一人が住むには広すぎるマンションの一角でテレビの中のコメンテーターが誰も聞いていない持論を繰り広げていた。正しくも美しくもない言葉が部屋に響き渡る。
『命はおいしい』
その言葉が今の私を形作っています。
これは高校のときの先輩の言葉でして先輩はよく私にいろいろおごってくれました。先輩は食べることを趣味にしていて、しかも珍味を好むタイプでした。美食家というよりは開拓者の気質の方が強かったように思えます。それで私は先輩が大学生になって一人暮らしを始めた後も先輩とご相伴にあずかることも多かったので様々な食材を味わいました。
わかりやすいものでいえば、鴨や馬、羊や猪もおいしくいただきました。食肉用に育てられた鶏や豚や牛に比べると脂身が少なくて物足りなく感じることもありましたが、食事を残すことはしませんでした。犬肉も食べたことがあります、先輩が韓国人向けの店に行って買ってきたものを捌いて鍋にしました。しばらくは外出していると犬に吠えられました。たぶんにおいでわかっちゃうんでしょうね。
ちなみに、一番苦労したのはシュールストレミングでした。先輩の部屋で缶を開けたんですが、強烈なにおいのガスが缶から飛び出してきたものですから、私も先輩もあまりのくささに涙を流しました。正直なことを言うと私はすぐにでも缶詰を捨てたかったのですが、先輩は絶対に食べ物を粗末にすることを許さなかったので、悪臭に耐えながら食べました。でも味は悪くなかったですよ。あと、シュールストレミングを食べた後だとたいていのものはおいしく食べられるようになりました。
まあ、こんなエピソードを紹介しても命の味なんて理解も共感もできないでしょうから、身近な例を出しましょう。
たとえば今食べているこのアイス。カスタードクッキー味というだけあって、カスタードクリームを思わせる濃厚な卵の味のクリームの中に細かく砕かれたクッキーが入っています。高級店のものと比べたら安物ですけど、これはちゃんとおいしいものです。
アイスクリームはおいしい。
これは言うまでもないことです。好き嫌いはあるでしょうが一般的にアイスはおいしいものとして認知されています。
ではこのアイスに一体どれほどの命が使われているのでしょうか。
砂糖は甜菜などの植物から生成されています。牛乳は子牛に与えるべき乳を奪い取り、卵は鶏をケージの中に閉じ込めて生ませています。
別に動物虐待に対する批判や完全菜食主義の強要などを唱える気はさらさらありません。ただ単に当たり前のように食べているものは実はどこかで生まれるはずだった命、あるいはどこかで今も生きているはずだった命から作られていることを私は常日頃から意識しているだけのことです。
もちろんこれを皆さんに強制するつもりは欠片もありません。俗にいうヴィーガンが嫌われるのはまさにそこですからね。
命がかわいそうだから命を食べないようにしよう。
こんな理由で他者にまで肉食を禁ずる過激派に私は嫌悪の念を抱きます。なぜなら彼らは自分たち人間に近しい見た目や知能あるいは自分たちから見てかわいらしい外見を持つ動物のみを選別しているからです。
私に言わせれば命は等しく尊いものです。植物であろうと動物であろうと命に変わりはありません。牛だろうが鯨だろうが魚だろうが虫だろうが肉は肉です。もちろん、思想も行動も個人の自由ですから私も自分の価値観を他者に押しつけるつもりはありませんが。
たとえ穀物だけを食べたとしてもその穀物を育てるために虫を殺します。医薬品も動物実験がなくては使用できません。言い換えれば私たちは無数の命の上に立っているのです。
生きるということは食べるということです。
食べるということは殺すということです。
命を尊ぶならば命はおいしくいただかなければなりません。それが命を奪って食べる側の義務だと私は考えています。
「命はおいしい、ねえ」
男は一人で食事をしていた。しかしこの男は部屋の持ち主ではなく、数日前に持ち主と肉体関係になっただけの赤の他人である。
「家畜の定義ってなんだと思う?」
男は向こう側の椅子に向かって問いかける。そこに座るべき人間は不在だ。
「家畜って人間が自分の利益のために飼いならし繁殖させたものなんだって。でもさ、究極的に言えば人間だって家畜だよね。社畜って言うし」
それはここにいない部屋の持ち主への皮肉のようでもあり、あるいは自分自身に対する痛烈な罵倒なのかもしれない。
「言い換えれば勝ち組の幸せって負け組の命の味をしているのかもね」
命はおいしい。
それは人間を食う側と食われる側で分類するならば人間社会にも当てはまる。成功者の幸福とは敗北者から搾取した結果の産物なのだから。
少なくとも男はそれが正しいと思っていた。
「普通に生きていれば誰も意識しないけど、俺はいつも考えているよ。いつだって頭から離れないし、いつまでも忘れられない」
部屋の持ち主はなにも答えない。この場にいないのだから当然のことだが。
「だからさ、俺も尊い命を余すことなく有効利用しようと思うんだ」
生きるということは食べるということ。
食べるということは殺すということ。
男は魔法のようにつぶやいた。
「肉も皮も骨も臓物も、人間に使えない部分は一つもない」
部屋の持ち主はなにも言わない。言えない。
「俺は君の命を最大限尊重するよ」
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